研究活動|名古屋大学グローバルCOEプログラム|テクスト布置の解釈学的研究と教育

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研究活動

研究員ブリーフィング

第25回ブリーフィング

2010年9月29日に第25回グローバルCOE研究員ブリーフィングが
名古屋大学文学部棟130室にて開かれた。

内田 智秀 研究員
『メーテルランクの青い鳥像                                                                          --生成過程で生まれた大衆的幸福の否定の象徴--』

[2010年9月29日第25回ブリーフィング報告要旨]

<内田 発表レジュメ>
本発表では、いかなる変遷をたどり、旅の目的が青い鳥に至ったのかを、草稿を手がかりに検証した。モーリス・メーテルランク(1862-1949)の『青い鳥』(1908年初演)はそのタイトルから、幸福に関する教訓物語とみなされている。その理由として、古くから存在する青い鳥像、つまり「青い鳥は幸福の象徴である」というイメージが大衆に浸透しているからだと思われる。しかし結末で青い鳥は飛び去ることになっており、メーテルランクの青い鳥を単純に大衆的青い鳥と結びつけることは避けるべきである。
メーテルランクは初めから青い鳥を旅の目的と決めていたわけでない。当初彼の関心は主人公に与えられる能力、道具にあった。その一方旅の目的は手に入れることができない「バラ」と記されただけで、特別な力を有するものではなかった。しかしあらすじ、各場面が具体化するにつれ、旅の目的を重視し始めたメーテルランクは頻繁に修正を行うようになる。その中で一時期、目的を「幸せにする草」と「病を治す鳥」の二つに分けていたことは、メーテルランクが当初青い鳥を意識していなかったことを明らかにしている。また「幸せにする鳥」と修正された後、メーテルランクが「生の鳥」と名付けていたことも、この作品と大衆的青い鳥像との関係が薄かったことを示している。
しかし突然メーテルランクは鳥の名を「青い鳥」と修正した。全体のあらすじや各挿話が具体化する中での変更は、これまでの構想を破棄することにもつながるため、決して即興的に浮んだのではなく、彼の文学的戦略から行われたものだと思われる。つまり青い鳥が飛び去ることで、大衆が抱く幸福観を否定し、その幸福観に制限されることなく、新たな幸福観を提示しようとメーテルランクは考えた。全体のあらすじや各挿話を構想しながら、旅の目的を断続的に見直すことで、メーテルランクの青い鳥は大衆的幸福の否定という独自の特徴を獲得した。

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