教育|名古屋大学グローバルCOEプログラム|テクスト布置の解釈学的研究と教育

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教育プログラム

テクスト布置解釈学

第5回「テクスト布置解釈学原論」授業

2007年10月31日に第5回「テクスト布置解釈学原論」の授業が行われました。

担当:名古屋大学大学院文学研究科 阿部 泰郎 教授(比較人文学)

<授業要約>

「中世宗教テクストの地平」

日本の中世の宗教テクストの重要なコレクションである大須観音(真福寺)の蔵書に関して、神道テクストが、もっと大きな座標のもとで改めて再び位置づけられることになる、新たな発見が行われた。この報告はそのドキュメントとなる。
『太田命訓伝』は、巻子本の軸の合わせ目に「行忠」という署名があり、13世紀後半に活躍した、度会神道という中世の新しい思想の潮流の担い手、度会行忠の自筆本であることが確認された。また、『麗気記』と総称される、共通した同様の書誌的形態・特徴を持つ一連の神道テクストの体系がある。これは、いわゆる真言神道(両部神道)と呼ばれる、仏教とくに密教と深く結びついた神道のテクストである。これらが、どのような大きな体系のもとで位置づけられるか―その決定的な資料が、『野決目録』である。
『野決目録』中の「本抄」部の冒頭にあたる『大伝法灌頂注式』の奥書には、「野決」具書(いわゆる野決―小野流の口決―に属する一群のテクスト)全体の素性を示す伝来の著者の識語がある。正和2年、宏瑜が鑁海に、文保3年、鑁海が儀海に、そして観応3年、儀海が宥恵(真福寺初代濃信の弟子)に伝授したという。『野決目録』末尾の識語を見ると、「野決」具書は、醍醐僧正=勝賢と、北院御室=後白河院皇子・守覚法親王との問答によって生み出されたテクストであることが記しづけられている。
真言密教の流れは、広沢流と小野流の二つに大別される。醍醐寺を拠点として、小野流の中心をなしていたのが三宝院勝賢である。一方、守覚は広沢流に属し、法親王という特別尊貴な立場から、この両方に分裂した真言密教をひとつに統合しようという試みを展開した。これらの神道テクストは、守覚の求めによって勝賢が、小野流(その中でも三宝院流)の秘密をことごとく明かす―口決伝授のプロセスのもとで、次々と明かされていった秘密をテクスト化した書物であることがわかる。ひとつの大きなテクスト宇宙を形作った、守覚法親王という偉大なテクスト作成者の営為の一端として認知できるという意味でも、この「野決」具書群は画期的なテクスト布置の所産と認められるのである。(887字)

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