教育|名古屋大学グローバルCOEプログラム|テクスト布置の解釈学的研究と教育

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教育プログラム

テクスト布置解釈学

第6回「テクスト布置解釈学原論」授業

2007年11月7日に第6回「テクスト布置解釈学原論」の授業が行われました。

担当:名古屋大学大学院文学研究科 釘貫 亨  教授(日本語学)

<授業要約>

 慶応2年1866、徳川幕府の官僚である前島密が将軍徳川慶喜に建白した「漢字御廃止之儀」は、極めてラジカルな国字改革として知られる。この改革案が結果的に実現しなかった原因は、様々に考えられるが、その大きな要因として、当時の庶民の漢字を巡るリテラシーの高さが障害となったことは確実である。幕府や各藩が百姓、町人の教育に責任を持ったことはないが、寺子屋などの民間の教育機関が庶民教育を担った。本来、支配者の専有物であった文字とりわけ漢字の民衆への下降は、鎌倉時代に仏教僧侶を媒介にして始まり、近世期には大衆的出版物が漢字情報を民衆に普及する役割を果たした。当時の大衆的な読み物に使われる漢字には、出版書肆の配慮で音訓にわたる極めて懇切な振り仮名が施されており、これが教育的効果を持ったことが容易に想像される。近世期には商業活動や農業経営において文書決裁が常態化しており、これに従事する農民や商人にとって文字処理能力は必須の要諦であった。寺子屋の普及は、このような社会的要求に応えたものであった。幕末には、人力車夫や大家に奉公する少女が労働の合間に書物を読みふける光景が複数の西洋の外交官によって驚きを以て報告されており、幕末当時の日本の書記生活は、漢字なしに成り立たなくなっていた。漢字は日本人にとって難解な外国文字であるが、長年にわたる学習の結果、抽象的概念をこれによって表示する習慣が身についており、明治維新以後の近代化過程の中で西洋の制度、思想、技術にかかるあらゆる概念を漢語訳によって乗り切ったことは、世界の近代化過程の中で特筆すべき出来事である。

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