研究活動|名古屋大学グローバルCOEプログラム|テクスト布置の解釈学的研究と教育

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研究活動

研究員ブリーフィング

第30回ブリーフィング

2011年2月24日に第30回グローバルCOE研究員ブリーフィングが
名古屋大学文学研究科グローバルCOEオフィス(名古屋国際センター)にて開かれた。

谷部 真吾 研究員
『町を浄化する祭り
―磐田市見付の祇園祭と裸祭―』                                                                                                                                                           

[2011年2月24日第30回ブリーフィング報告要旨]

<谷部 発表レジュメ>
 静岡県磐田市見付地区には、国指定重要無形民俗文化財の見付天神裸祭が伝承されている。地元の人々によると、この祭りの知名度は低いというが、研究論文や報告書の類に目を転じると、さすがに国指定の文化財だけあって、これまでに少なからぬ数の刊行物が公にされている。しかし、見付には、地区全体で担われている祭りがもう1つある。それは祇園祭である。この見付の祇園祭も、裸祭同様、一般にはほとんど知られていないが、一部の芸能史研究者たちからするとよく知られた祭りである。だが、祇園祭に関する研究者の注目は、この祭りの一側面――「舞車(神事)」と呼ばれる行事――のみに集中しており、この祭りの全体像を描くことに関心が向けられることはほとんどなかった。また、これら2つの祭りは、双方とも見付地区全体の行事であるにも関わらず、これまで個別に論じられることはあっても、両者を関連づけて考えるような研究はなされてこなかった。そうした状況を踏まえ、本発表では見付の祇園祭と裸祭の諸行事を分析し、これら2つの祭りの意味や共通する特徴について考察を行った。また、最後に、そのような特徴がいったい何に由来するのかについても、ごく簡単にではあるが、指摘した。
 見付で行われる2つの祭りの諸行事を詳細に分析してみると、見付祇園祭とは、御霊を慰和・慰撫しつつ、強力な神仏を巡行させることでこの町の御霊とケガレを祓う祭りであることがわかる。他方、見付天神裸祭に関しては、山の神と海の神を見付の町中に招き入れつつ、祭りに関わる人々や見付の町、さらには見付天神自体を何度となく祓い清めた上で、氏神を巡行させ、氏子域に祝福を与える祭りであることが明らかとなる。このように2つの祭りの意味を見比べてみると、両者はやはり似ているように思われる。なぜならば、双方とも、見付という町を祓い清めることに重きをおいているからである。だが、そもそも、なぜ見付では2つの祭りを使ってまでしてケガレを祓い清め、清浄性を保とうとするのであろうか。こうした問いは、明らかに現在の筆者の力量を超えているため、回答は今後の課題とせざるを得ない。しかし、それでも、1つの見通しを述べるとすれば、それはおそらく、見付に国府がおかれていたことと関係するのではないかと思っている。もっとも、こうした見解を裏づける資料は現在の見付に存在していない。そこで、この見解の有効性を検証するためにも、今後は他地域の国府の祭りを再検討する必要があると考えている。
 

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